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特集

【産業立地特集】経済地理学の立場から見る産業立地動向

【2024年3月25日付 日刊工業新聞 28面 広告特集】

企業の集積には、さまざまなメリットとデメリットがある。企業が集積し人口が増加すれば地域の雇用は増加する。一方、特定の産業に特化して集積することは長期的に見るとリスクもあり、地域の産業は適度に多様化していることが持続的な発展には望ましい。地域発展のための政策として、公的機関による企業誘致やネットワーク形成、人材育成、スピンオフの支援などが推奨されている。


集積の利益

図:新規工場の立地地点選定理由(上位10項目)
図:新規工場の立地地点選定理由(上位10項目)

2023年に経済産業省が発表した22年の工場立地動向調査における新規工場の立地地点選定理由では、本社や関連工場、市場への近接性、地価や労働力の確保などさまざまな地理的要因が上位となっている()。このような企業が事業所を立地する要因について経済地理学の立場から考えてみたい。
 現在の日本においては東京などの大都市に企業立地が集中・集積する傾向が強まっていることは周知の事実であろう。企業が近い距離で集まることには、集積の利益と呼ばれるメリットがある。
 例えば、企業数が集まることで、関連する設備やサービスを共用しコストを下げることが可能になること、あるいはスキルや経験のある労働者の転職市場が成立することなどが挙げられる。
 さらに、知識の移転や学習においても、距離の近さが重要になる。確かに情報通信技術で世界中と情報のやりとりは可能だが、知識にはスキルやノウハウのような文字や数式では表現しにくい部分がある。
 そうした部分を含む知識の学習には、対面接触や同じ場で経験を共有する必要がある。企業の集積には知識の移転・学習を促進する効果があり、シリコンバレーへのIT企業の集積はその代表例であろう。
 前述のような集積の利益の存在は、企業立地の地理的な偏りの要因となる。

集積の不利益

集積することには利益だけでなく不利益(経済学用語では「負の外部性」)も存在する。地域に居住する人口には限りがあるため、企業が集積するとハイレベルな人材をめぐって競争が起き、賃金が上昇しやすい。
 例えば、企業が工場を新規立地する際には、既存工場とできるだけ近い方が部品の輸送や従業員の移動の際に効率的であり望ましい。しかし、近すぎると労働者の確保が問題になることから、自社や他社の工場と労働市場が重ならないよう離れた場所に立地することもある。
 また、限られた土地に多くの企業が立地することは地価や賃貸料の高騰、交通の混雑をもたらす。企業向けサービス業のオフィスは広い空間を必要とするわけではなく、都心部へ集積しても問題は小さい。
 しかし、製造業の生産拠点に関しては広い土地と比較的賃金の安い労働者の確保が求められるため、地方圏への立地という戦略がとられることも多い。
 このような集積の不利益と利益のバランスによって企業の立地は変化している。

集積の結果としての市場の拡大

通販業者の物流拠点は大都市との輸送時間を考慮して決定される傾向にある
通販業者の物流拠点は大都市との輸送時間を考慮して決定される傾向にある

企業が集積し、労働者が周囲に居住することで地域の人口は増加する。するとそこには市場が生まれ、さまざまな小売業やサービス業が立地することになる。コロナ禍以降、小売業ではネット通販が急激に拡大しているが、販売店舗を持たないネット通販でも、物流拠点は必要である。
 近年の通販では注文から配達までの時間の短縮が求められるため、大手通販業者の物流拠点は市場となる大都市との輸送時間を考慮して決定される傾向にある。しかし、大都市の内部は地価も高く人材確保が難しい。
 そのため大都市から一定程度離れた高速道路沿い、特に関東であれば圏央道、関西であれば第二京阪道など、近年開通した高速道路沿いへの立地が多くみられる。

表:物流業の事業所立地計画における地域別割合(2023年度)(%)
表:物流業の事業所立地計画における地域別割合(2023年度)(%)

日本立地センターが1月に発表した物流業の事業所立地計画における地域別割合の結果(2023年度)を示す()。これを見ると南関東の割合が高く、人口規模の影響が強いことが分かる。他方、北部九州の割合も高いが、これは活発な半導体関連投資が物流業にも波及していることが推測できる。産業の集積が関連産業のさらなる立地を呼び込む事例だろう。

集積地域のライフサイクル

 前述のように産業が集積することには利益があるが、それは永遠に続くというわけではない。時間軸でみると集積地域には成長と衰退のライフサイクルがあるとされている。
 地域が狭い産業分野に特化すると、その分野では集積の利益によって一定期間は成長できる。
 しかし、どのような産業であっても時間がたてば需要が飽和し生産が減少することが多く、地域全体もライフサイクルの衰退段階に入ってしまう。そのため特定の産業に特化してしまうことにはリスクがある。
 他方、多様な産業の集積は、そうしたリスクの分散が可能だが、あまりにも多様でバラバラすぎると、使用する知識やスキルも関連せず、知識の学習などのシナジー効果が働かないデメリットがある。
 結局は特化と多様化のバランスをどうとるかという問題となる。知識やスキルが比較的関連していて、シナジー効果が見込めるぐらいの範囲で多様化するような状態は「関連ある多様性」と呼ばれ、地域発展に望ましいという主張が欧州の研究者の間では盛んになされている。
 特に、関連ある多様性の状態は産業間で知識の学習が生じ、新たな産業への転換の機会をもたらす。衰退段階に陥るのを防ぐことで、持続的な地域発展をもたらすとされている。
 例えば、京都のハイテク企業には、陶磁器業や美術印刷業、仏具製造業などの伝統産業から出発し、近代工業との接触から業種転換していった歴史を持っている企業も多く、それが京都の産業が衰退に陥ることを防いできたと言える。

地域発展政策

地域発展をもたらすために地域の公的機関が行うべき政策について、経済地理学では議論が盛んである。これまでも行われてきた政策としてまず挙げられるのは、新規事業所の誘致であろう。その際には、グローバルなバリューチェーンのニッチとなるような分野を探し、それに関連する企業を誘致することが有効とされている。
 また、地域の公的機関が、地域企業間あるいは地域外の企業・研究機関とのネットワークづくりのための仲介者となることもしばしば推奨される政策である。
 さらに、良い人材の供給も地域ができることの一つであろう。ただし、最高レベルのスキルを持った人材を育成してもより良い条件の場所へ移動してしまう傾向にあり、そうした人材の育成は国家レベルで行うべきであろう。地方圏の生産拠点であれば、現場で活躍できる人材が重要であり、高等専門学校や技術系専門学校、工業高校などの充実が有効ではないだろうか。
 さらに、地域の持続的発展には、地域に根付いた企業が不可欠である。例えば外から誘致してきた企業であっても、そこの技術者がスピンオフ(独立創業)することがある。
 スピンオフした企業は地元に根付きやすく、スピンオフ企業が多く発生することで地域に新たな集積が生まれることもある。こうしたスピンオフを促進・支援することは地域発展には非常に有効である。

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