Powered by 日刊工業新聞

特集

【産業立地特集】新型コロナを経た産業立地動向

【2023年9月21日付 日刊工業新聞面 広告特集】

新型コロナウイルス感染症は、ビジネスと生活に多大な影響を与えてきた。日々の実践をめぐる「当たり前」を考え直す機会が増え、産業立地の動向にも変化が生じつつある。加速化したリモート会議の普及はある種の「距離の死」を導き、立地の自由度を増大させた。立地は無視できるとなったのか。むしろ、遠隔での会議や企業の可動性が増しつつある中で、距離の長短やローカルな特色に、より敏感になっている面もある。


ローカルな違い―敏感に

新型コロナがもたらす変化は大きいが、感染症だけが社会や産業立地に影響を与えるわけでない。ロシアとウクライナの戦争や米中対立など地政学的緊張の高まり、リモート会議をはじめとした交通通信技術の進展と普及などと複雑に絡み合いながら現実は展開している。
リモート会議や電子取引の普及で、距離が離れていても問題はないと考える人も増えた。「距離の死」を実感する機会が増えた状況の下、立地はもはや重要性を失うのだろうか。むしろ逆説的に、ローカルな違いにより敏感になっている面もある。立地は土地とそれに固着する建物を必要とし、瞬時に新たな現象が生じるわけではない。コロナ禍前後の産業立地動向と事業所見学機会を踏まえて、コロナ禍と産業立地について考えてみたい。

大都市の役割と機能が変わる?

コロナ禍は大都市への見方を変えた。大都市では人口や産業の規模、規模と専門性を生かした分業の発達、市場への近接性、労働市場の厚みなど「集積の経済」を享受できた。
長い歴史を見ると、大都市は負の側面も大きく「集積の不経済」も大きかった。上下水道が不十分な状態での人口の集中は幾度も感染症拡大の舞台になった。労働環境も厳しく、大都市は生活者の寿命が短い地域だった。
第二次世界大戦後に医療技術が発展し公衆衛生が充実したことで、生活習慣病と比べて感染性が目立たなくなった。今回の新型コロナ感染拡大は、大都市の負の側面を浮かび上がらせた。
インターネット普及期には「距離の死」の下で集積の経済の意義が低下し「都市も死んでいくのか」と議論された。パンデミックは再び都市の意義を考えさせている。
世界各地からの研究では、地理的見取り図は大きく変化せずに大都市の強さは継続すると展望するものが多い。新奇性や創造性が求められるものや抽象度の高い仕事など、定型化が難しい営みにとって大都市の意義は大きいからだ。
もっとも、大都市の内側をみるとコロナ禍前と同じというわけではない。常に同じ場所や近くにいて業務を行う恒常的な集積から、必要なコミュニケーションや刺激を得るための一時的な集積を重視する変化が見られる。
オフィス空間も作業の場よりもコミュニケーションの場としての役割を強く求められる。都市経済学は経済活動ごとの地代負担力から、都心はオフィス機能に純化していくと考えてきた。
コロナ禍以前からの動向であるが、都心部では「詰め詰め」の業務空間の形成ではなく、食事や買い物、娯楽といった消費施設をはじめ、複合的な土地利用や建物利用が進みつつある。
新奇性や創造性は、オフィスに詰めて長い時間をかければ生まれるものではない。大都市の多様性や刺激を生かした上で、生活に利便と楽しみを提供する空間が必要となる。学問もビジネスも、常識に固執してばかりでは展望を得ることが難しくなりつつある。

オフィス機能の分散

アミューズによる富士山麓への本社移転や、パソナによる淡路島への本社機能の一部移転は、コロナ禍の下での産業立地に関わるビッグニュースとなった。東京一極集中から一線を画した本社機能の分散は、パンデミックの影響を受けて加速するのだろうか。
東京の都心というコンクリートジャングルからの解放は、アミューズのホームページにあるように「ココロもカラダも浄化」して「自然と人の共存共栄」が図られ「常時接続からの解放」が実現される可能性がある。
こうした地方への立地は、東京のオフィスを閉鎖して展開しているわけではない。地方移転の過度な強調は禁物だが、伝票処理などを行ってきたバックオフィスと同列にとらえて矮小(わいしょう)化することもできない。

写真:パソナの施設は水産加工場や小学校などを改修して利用している
写真:パソナの施設は水産加工場や小学校などを改修して利用している

アミューズの新本社はホテル設備、パソナの施設はかまぼこ工場や小学校などを改修して利用しており「居抜き立地」の形態がみられる(写真)。「居抜き」が必ずしも安価で済むというわけではないが、時間の節約や地域環境への配慮という利点がある。
2022年11月、淡路島北部にあるパソナのいくつかの施設を訪問する機会を得た。島内では固定の施設で業務を行うのではなく、柔軟性を持った働き方が試みられていた。本社機能の一部移転であり、他組織との頻繁な接触が要求されない組織内業務を主としているようだった。
事業所が新規に立地し人が移動することは、業務空間のみならず住宅、駐車場、保育所などが必要となる。立地を受け入れる地域を含め、これらへの対応が企業と自治体の双方にとって課題となる。

工場立地は変わるのか?

グラフ:工場立地件数の推移
グラフ:工場立地件数の推移

日本経済を長期にわたりリードしてきた工業の立地動向はどうであろうか。高度経済成長期前半には大都市圏の成長を導き、その後は地方分散を通して地域に就業機会を提供してきた。
経済産業省の工場立地動向調査のデータを見てみよう。コロナ禍の影響はどうであろうか。リーマンショック以降大きな変化はなく、年1000件前後の新規立地動向が見られる。また、コロナ禍では1000件をやや下回るという程度で、新規立地が大きく減っているわけではない(グラフ)。
いくつか注目しておきたい調査結果がある。立地地点の選定理由は「本社・他の自社工場への近接性」が最も多く、「工業団地である」「地価」「人材・労働力の確保」「高速道路を利用できる」と続いている。工業団地内と団地外の立地を比較すると、平均立地面積は工業団地内の方が大きく、約1.5倍程度の広さである。
本社・他の自社工場への近接性が重視されるのは、遠隔立地が避けられる傾向にあることが挙げられる。特に、企業規模が資本金1億円未満の企業でその傾向が強い。また、地政学的あるいは自然災害のリスクを考慮してサプライチェーンの強靱(きょうじん)化を図る傾向もあるからだろう。

インフラストラクチャーは重要

工場立地は高速道路のインターチェンジ(IC)と近接性が重視されており、工場立地動向調査によると立地件数の約半数が高速ICから5キロメートル以内の立地である。22年6月にアサヒビールは、九州の博多工場の移転先として佐賀県鳥栖市に工場を設立することを発表した。同社は神奈川工場(南足柄市)と四国工場(愛媛県西条市)の操業中止も発表している。
19年9月に九州大学で集中講義を行った際に学生と博多工場を訪問し、ここが都心近接立地で鉄道輸送が可能な「近代期工場」的特色をもつことを知った。ビール工場は国内を市場分割型に立地してきたが、需要の伸び悩み、製品の多様化、輸送の費用と時間の削減などで、再編が進みつつある。
新しい工場が立地する鳥栖は、九州の高速道路の十字路にあたり、配送距離の短縮が見込まれている。
交通通信が発展し、距離を隔てた通信や移動が可能になると、流動に目が行きがちだ。しかし、産業立地を考えるには土地の広さや形状、土地に固着しているインフラストラクチャーなど「土臭さ」を忘れることはできない。

おすすめコンテンツ from Biz-Nova(ビズノヴァ)

ページトップ