10年前の惨禍と同様、コロナ禍におかれた産業界はサプライチェーンの脆弱(ぜいじゃく)性に直面し、生産拠点および調達先の多角化を模索している。また、産業・人口の東京一極集中の脆(もろ)さも改めて認識され、震災・パンデミック等の有事に備えた事業継続計画(BCP)の確立のために第二、第三の拠点づくりを首都圏外に求める機運も高まっている。そして、ワークライフバランスの確保に向けたオフィスの地方立地の重要性が増している。いま、集中型のシステムから分散型のシステムに向けて、産業立地をどうするかということは産業界のみならず国民の生活にとっても大きな関心事になりつつある。
立地支援の現在
国内の工場立地決定件数は、金融危機後と震災後の低迷期を除けば、年間おおむね1000件前後の値で推移している。そのうちの100-150件は一都三県に本社を置く企業の地方展開である。その進出先として主に選ばれているのは、震災後でみれば、茨城県を筆頭とする北関東三県、福島県を筆頭とする南東北各県と静岡、長野、新潟である(図1)。2020年についてはデータが得られていないが若干数を減らしながらもほぼ同様の傾向が示されるであろう。
06年の工業再配置促進法の廃止後、07年に企業立地促進法が成立したが、当時の景気状況も重なって実効力を持たず、政府による立地誘導が機能しない状況にあった。そのような中、震災後に講じられた「津波・原子力災害被災地域雇用創出企業立地補助金」は、条件が不利な地域への立地誘導策であった。同補助金は30億円を上限に立地費用の5分の1から2分の1が補助されるというものであり、20年の十次公募までに、826事業が採択されている。
コロナ禍に直面した昨年には、「サプライチェーン対策のための国内投資促進事業費補助金」の公募が行われた。これは、特定生産拠点への集中度が高い製品・部素材(A類型)、国民が健康な生活を営む上で重要な製品・部素材(B類型)に関して、国内生産拠点・物流施設を整備しようとする企業に対し、補助金の交付を行うものである。新規立地に限った補助事業ではないが、補助対象経費には建物取得費も含まれる。第一次公募では203件が採択され、衛生・医療品中心のB類型(130件)に対し、A類型(73件)で目立ったのは航空機エンジン関係、半導体関係、二次電池関係の高度部素材製造であった。この3月12日には第二次公募が開始された(5月7日正午募集終了)。補助上限額は100億円に引き下げられたが、巨額の補助事業であることに変わりはない。
特定業務施設の地方分散
本社機能や研究所機能の地方分散について言えば、過去には地方拠点法(1992年)に基づいて、地方拠点都市にオフィスパークを整備するという国家施策があった。これはバブル崩壊後の時期ということもあり順調に推移せず、2000年代に入ると、むしろ都市再生の掛け声の中で、東京の業務機能がさらに強化される事態に及んだ。
実際、帝国データバンクの「全国『本社移転』動向調査」(図2)によれば、都市再生特別措置法が講じられた02年までは東京圏(一都三県)からの転出が東京圏への転入を上回る状況が続いていたが、03年以降はリーマン・ショック直後の時期を除けば転入超過の基調にある。ただし、東京都心への集中が続いていると見るのは早計であり、近年、東京都では転出超過となり、神奈川・千葉・埼玉の三県で転入超過という本社立地のドーナツ化が進んでいる。
国策として再度、業務機能の分散政策が講じられたのは、まち・ひと・しごと創生(地方創生)の脈絡の上においてであり、地域再生法の改正(15年)を伴って地方拠点強化税制として登場した(表)。地方創生の柱として導入されたこの制度は、「地方における本社機能の強化を行う事業者に対する特例」を活用した地域再生計画の認定地域への本社・研究所機能を移転する企業、もしくは同認定地域で本社・研究所機能を拡充する企業のうち、整備計画が道府県から認定された企業に対して、税制(設備投資減税および雇用促進税制)を優遇し、合わせて金融支援を行うというものである。なお、各地域再生計画の対象地域のなかで詳細に定められた「地方活力向上地域」での拠点強化が対象となる。
地方拠点強化税制の適用期限は当初、18年3月末までであったが、順次延長され、現時点では22年3月末までとなっている。また、移転型事業に限っては大阪や名古屋の中心部での拠点強化にも適用されるようになった。21年1月末現在で、認定を受けた整備計画は移転型40件、拡充型417件の計457件で、それによる計画上の雇用創出人数は1万8191人である。これらの値は、19年度を目標年次とする「まち・ひと・しごと創生総合戦略(15年改訂版)」に示された拠点強化件数7500件、雇用者数4万人増という重要業績評価指標(KPI)には届いていない。
しかしながら、本多通信工業の安曇野工場への開発部門の一部移転、YKKグループの生産本拠地である富山への本社機能の一部移転、パソナグループの淡路島への本社機能の一部移転など、有力企業での移転実績が相次いで生まれており、自社の既存事業所ないしその近隣へと特定業務を移転させる企業は今後も続くであろう。
地域コミュニティーと共生するサテライトオフィス
コロナ禍によるリモートワークの普及は、大都市から離れた地域でのオフィスワークの実現可能性を格段に向上させた。そうした可能性にいち早く着目したのは、震災後に始まった徳島県のサテライトオフィスプロジェクトである。10年近くが経過した今日では、六十数社の県外企業が神山町、美波町、美馬市、三好市などを中心にサテライトオフィスを進出させている。徳島県の取り組みは全国に波及し、総務省が各種支援を展開させてきたほか、開設のための補助金を設けている自治体も少なくない。
この文脈でのサテライトオフィスとは、主にIT企業をはじめとするベンチャー企業やスモールビジネスによる開設のものであり、社員を常駐させる「常駐型」と、常駐社員を置かずに本社スタッフがある程度の頻度で訪れてリモートワークや開発合宿などを行う「循環型」に大別できる。
進出先での雇用創出はわずかなものであるが、大都市圏からの田園回帰を一定程度実現するとともに関係人口の増大に貢献している。徳島県で見聞する限りは、移住者がワークライフバランスを確保した田園生活を楽しみながら、相互のネットワークを作り、地元コミュニティーの有力な担い手になりつつある。
一方、企業にとっては自社の社会的責任(CSR)に結び付くだけではなく、自社の人材確保やクリエイティビティーの向上にも大きな役割を果たしている。「東京にいてはまずはつながる機会がない人々との出会いがある」という旨を強調する企業も多く、また、進出先の地域資源を製品開発に活用している製造業も見受けられる。
サテライトオフィス型の企業進出に限らず、地方へ事業拠点を進出させた企業にとっては、進出先での他社とのつながりづくり、またコミュニティーへの参画を実現してこそ、得られるものがあるであろうし、受け入れる地域にとっても、企業誘致を持続可能な地域経済社会づくりにどう結びつけていくかといった視点を持つことが不可欠であろう。