2021年11月22日~25日、ベトナムのファム・ミン・チン(Pham Minh Chinh)首相が訪日した。チン首相は2017年8月にもベトナム共産党中央組織委員長として訪日したことがあり、今回が2度目の訪日となる。
来日にあたっては安全保障分野、新型コロナ(COVID-19)への対応、気候変動など多分野の領域で協議が行われたが、本記事ではその中でも特に、2国間のビジネス、経済分野に絞って考察していきたい。
また、チン首相の来日にあたってはベトナム現地メディアも大々的に報じている。ベトナムのメディアがどのように今回の訪日を報じたのかも合わせて分析してみたい。
滞在中の動向
外務省の発表によれば、チン首相は22日~25日の日程で日本を公式訪問した。チン首相の訪日にあたってはブイ・タイン・ソン(Bui Thanh Son)外務大臣も同行した。チン首相の滞在中の日程は以下の通りであった。
- 11月22日:ベトナム首脳陣が日本へ到着
- 11月23日:菅義偉前総理大臣や超党派の日越友好議員連盟会長を務める自民党の二階俊博元幹事長らと会談。またユニクロ、イオングループ、エネオス、双日といった企業の代表者と会談を行い、今後の対ベトナム投資の方向性について相談が行われた。
- 11月24日:ベトナムへの投資を行う日本企業との対話会に出席。また総理官邸において岸田文雄内閣総理大臣と首脳会談を実施。共同声明の発出、各文書の交換が行われた後、岸田首相主催の夕食会へ参加した。
- 11月25日:ソン外相が林芳正外務大臣との会談を実施。日越関係をさらに発展させていくこと等について話し合われた。
日越関係の発展の歴史
日本とベトナムは1973年の国交樹立より、緊密な協力関係を築いてきた。ベトナムは日本を諸外国の中でも「特に重要なパートナー国」として位置付けており、日本がG7の中で初めてベトナム書記長の訪問を受けた(1995年)国であることや、日本がG7の中で初めてベトナムとの戦略的パートナーシップを構築した国であること等からも、両国の関係の強さが見えてくる。
ここでは、今回のチン首相を始めとする首脳陣の訪日をベトナム現地メディアがどのように報道しているのかを踏まえながら、日越関係がこれまでどのように発展してきたのかをまとめていきたい。
日越関係における重要な転換期のタイムライン
- 1973年:日本とベトナムの国交が樹立
- 1975年:各国の首都に大使館が設置される
- 1992年:日本がベトナムへの経済援助を再開
- 1993年:当時のヴォー・ヴァン・キエット(Vo Van Kiet)首相が正式に日本を訪問
- 1994年:当時の村山富市内閣総理大臣が正式にベトナムを訪問
- 1995年:当時のドー・ムオイ(Do Muoi)ベトナム共産党中央委員会書記長が、書記長として初めて日本を訪問
- 2002年:当時の小泉純一郎内閣総理大臣がベトナムを訪問し、「信頼できるパートナー、長期的安定」という方針に従って両国関係を構築することで合意
- 2003年:日本・ベトナム両国が投資協定を結び、「日越共同イニシアチブ」を開始
- 2008年:日本・ベトナム両国が「アジアの平和と繁栄のための戦略的パートナーシップ」について共同声明を発表
両国関係を戦略的パートナーシップに格上げすることを決定。これで日本は初めてベトナムと戦略的パートナーシップを築いた国となった。 - 2010年:両国首脳が「アジアの平和と繁栄のための戦略的パートナーシップ」の全面的な発展に関する共同宣言に調印
- 2011年:ベトナム南北高速鉄道のプロジェクトへの日本の参加が決定
現在でもこのプロジェクトが国土交通省やJICAの下で継続されている。 - 2014年:両国首脳が「アジアにおける平和と繁栄のための広範な戦略的パートナーシップ」に関する共同宣言に調印
- 2017年:天皇皇后両陛下がベトナムを訪問
- 2020年:当時の菅義偉首相が就任後初の外遊先としてベトナムを訪問
- 2021年:ベトナムのチン首相が日本を訪問
このように日本・ベトナム両国は国交樹立からおよそ50年かけて、強固な関係を築いてきた。特に安全保障および経済発展の両面で、包括的な協力関係を有していることが特徴と言えるだろう。
日本企業とチン首相の会談内容
先にもまとめたように、11月23日にはチン首相はベトナムへ投資を行っている代表的な日本企業のトップとの会談を行った。以下では、会談にてどのような内容が話し合われたのかについてまとめていきたい。
イオングループ
これまでイオングループはベトナムに6つのショッピングモールを開店させている。2022年度には7号店となる「(仮称)イオンモール Hoang Mai(ホアンマイ)」を出店させる計画もあり、ベトナムの小売業界に大きな影響を与えている。
イオングループの岡田元矢会長は、今後イオンモールの展開を2倍に広げていきたいと話し、またベトナムの株式市場で上場し、シーフートや衣服などのベトナム製品の輸出事業を促進していきたいと語った。チン首相は、同グループの戦略は日本・ベトナム間の自由貿易協定ともリンクしたものであり、今後大きなチャンスを有していると語った。
エネオスグループ
エネオスは2016年4月にベトナム最大手の国有石油製品販売会社であるVietnam National Petroleum Group(以下、「ペトロリメックス」)への出資を行い、長期的な戦略パートナーとしてペトロリメックスの石油製品サプライチェーンの強化、ガソリンスタンドにおける併設事業開発、LNGや水素エネルギー事業の共同検討を行ってきた。
会談ではベトナム政府が先般公表したベトナム第8次国家電力マスタープラン(PDP8)にて再生可能エネルギー開発に焦点が当てられていることに触れ、エネオスグループがベトナムの再生可能エネルギー開発を支援、また二酸化炭素排出量削減に向けたロードマップ作成に協力していくこと等が語られた。
ファーストリテイリング
ファーストリテイリングはホーチミン市、ハノイ市にそれぞれユニクロの店舗をオープンさせており、オンラインでの製品販売にも力を入れている。
同社の会長兼CEOの柳井正氏は、今後も引き続きベトナムへの投資を進めていくと共に、ベトナム人材の育成にも力を入れていくとチン首相に語った。また、生産効率を向上させるためのデジタルトランスフォーメーション(DX)にも今後注力していくと語った。
双日
双日はベトナムに17の合弁会社を有しており、農業・林業・畜産業・太陽光発電など多岐に渡る事業を行っている。チン首相は同社の代表取締役である藤本正義氏に対して、これまで双日がベトナムの経済発展に大きく貢献してきたことを評価し、特に再生可能エネルギーにベトナムが注力していく予定であるため、今後とも投資・技術の面から支援を行うことを要請した。
丸紅
丸紅はコーヒー、製紙などの多岐にわたる分野でベトナムへの投資を行っている。また最近ではクアンニン省でタイの開発ディベロッパー、アマタ社が進める総開発面積5,800haもの地域開発に参画しており、交通インフラやサプライチェーンの形成に大きく貢献している。
チン首相は丸紅の代表取締役社長である柿木真澄氏と会談し、特にベトナムが注力している再生可能エネルギー事業に対する同社の貢献を期待していると述べた。
日越首脳会談で言及された今後のビジネス優先開発分野
11月24日には岸田首相とチン首相の日越首脳会談が開催された。会談における共同声明では、今後優先的に取り組んでいく経済、ビジネス分野が言及された。外務省により、共同声明「アジアの平和と繁栄のための広範な戦略的パートナーシップにおける 新たな時代の幕開けに向けて」が公表されている。
今後の日越間のビジネスチャンスを考えることを目的として、重要点のみを抜き出し、考察していきたい。
新型コロナ対策における協力
今回の首脳会談では、日本政府はベトナムに対して、約150万回分の新型コロナワクチンを追加供与することを公表した。既に、日本政府は供与したワクチンと合わせると合計で約560万回分の新型コロナウイルスのワクチンが供与された計算になる。
また、日越両政府は新型コロナワクチンと治療薬の研究と生産について、緊密に取り組んでいくことで一致している。
実際、日本企業とベトナム政府による新型コロナウイルスなどの感染症対策での連携も進んでいる。塩野義製薬は11月25日、ベトナム保健省と新型コロナウイルスなどの感染症対策での連携について基本合意したと発表している。現在、開発中の新型コロナワクチンと飲み薬の臨床試験(治験)をベトナムで実施し、ワクチンの製造技術移管に向けても具体的な協議に入ることが公表されている。
サプライチェーン強靭化、生産拠点の多元化、裾野産業育成等の分野
ポストコロナの経済再生に向けた鍵として、デジタルトランスフォーメーション、生産拠点の多元化、裾野産業育成等の分野が言及された。サプライチェーンの強靭化については、中国からの生産拠点の移管の動きがコロナ発生前から日本企業でも具体的な動きが見られた。裾野産業はベトナムの工業化に向けての以前からの課題である。
単なるビジネスマッチングにとどまらず、日本の優れた技術のベトナムへの移転、ベトナム製造業における人材育成の協力拡大が今後の焦点になるだろう。
中国からベトナムへの生産拠点の移管に関する代表的な事例としては、任天堂やアシックス、京セラといった日本の大手メーカーのほか、アップルやパソコン大手のエイスースが中国からベトナムへの生産拠点移転の動きが見られる。
DX、デジタル経済、5G、スマートシティ
日本・ベトナムの両政府はポストコロナにおいてはデジタル社会が重要な役割を担うことが確認されている。より具体的には、デジタルトランスフォーメーション(DX)、デジタル経済の発展を通じた、スマートシティの開発、5Gを始めとするブロードバンド・インフラの開発、情報セキュリティの協力等である。
ベトナムのスマートシティ開発においては、具体的な案件形成の調査が重要となるだろう。現在、ベトナム政府はスマートシティの開発に注力している。ハノイ市やホーチミン市、ダナン市といった大都市以外でもフエ市やタインホア省等、独自のスマートシティ開発マスタープランを策定して、実証実験や外資系企業の参入も進んでいる。
日本企業によるスマートシティ案件形成が期待されるが、ベトナム現地の現状や課題、ニーズに関する基礎的な調査がまずは重要になる。そのうえで、自社に最適な現地パートナーの選定が日本企業によるベトナムのスマートシティ市場参入の成功の鍵となるだろう。
カーボン・ニュートラル、気候変動対策、エネルギー・トランジション
チン首相は11月1日、イギリスで開催された国連気候変動枠組み条約第26回締約国会議(COP26)首脳級会合で、2050年までに温室効果ガスの排出量実質ゼロ(カーボンニュートラル)を目指すと表明した。岸田首相はこの高い目標設定に敬意を表している。
今回の首脳会談でも、持続可能な開発、気候変動対策について言及された。ベトナム政府は、現在、再生可能エネルギーの開発に積極的に取り組んでいる。ベトナムでは太陽光発電、風力発電、バイオマス発電が非常に有望である。
経済発展が著しいベトナムでは電力需要も年々増加している。コロナ発生以前は6~7%という高い GDP成長率を維持してきたベトナムであるが、電力需要もそれに近いペースで増加を続けている。大型の石炭火力発電の開発を優先的に進めたい傾向が強い新興国に対し、ベトナム政府が再生可能エネルギーに積極的に取り組むことは大いに評価されるだろう。
ベトナムでの再生可能エネルギー開発はここ数年で急速に進んだ。例えば、太陽光発電の設備容量ではベトナムは世界8位である。経済関連サイト「Visual Capitalist」によれば、ベトナムにおける太陽光発電の設備容量は1万6504MW(人口当たり60W)となっており、世界全体の2.3%を占めている。
今後はベトナムの風力発電とバイオマス発電が有望であろう。
最後に
今回のベトナム首相訪日の意義としては、引き続き日本・ベトナムが強固なパートナーシップを築いていくことが確認できたこと、新型コロナという新たな脅威に協力して対応していくことが確認できたこと、さらにベトナムが先般公表したPDP8に基づく再生可能エネルギーへの投資について、日本企業とベトナムの首脳がお互いの意思を確認する場が持てたこと等があるだろう。
海外ビジネスにおいては民間だけでなく、相手国政府がどのような意向を有するかに注目していくことが不可欠である。今回のチン首相の訪日を踏まえて、今後両国政府がどのような分野で協力関係を強めていくのか、引き続き取り上げていくこととしたい。
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