ここ数年の間に中小・小規模企業の海外展開への関心が高まっている。堅調な景気の持続に加え、内需の縮小が実感されるようになってきたからだ。“関心”から“進出”へ動く企業も多い。だが、成功への道のりは平たんではない。そこで日本商工会議所がまとめた中小企業の海外展開事例集「ヒラケ、セカイ2」の中からどうやって壁を乗り越えられたかなど、成功事例を見た。(石掛善久)
ワールド産業 現地スタッフの考え理解
海外進出。風俗・習慣も違えば、制度も違う。制度・規則は急に変えられてしまうケースがあるし、制度に適合しているからといって必ずしもそれが通るわけでもない。対応に追われるうちに、自社の状況が変化することもある。
ワールド産業(川崎市幸区)もこうした中で、健闘している企業の1社だ。同社は毛髪落下を防ぐ内帽子をはじめインナーやユニホーム、手袋類など、主に食品工場内の衛生管理商品を取り扱っている。
鈴木文代会長は会社勤めをしていた頃に、当時の上司から中国語の勉強を勧められたことが縁となり吉林大学への入学経験がある。こうした経験から事業の拡大を図るべく中国企業と提携、委託生産を始めたが、人件費が急上昇。第2の海外拠点検討に着手した。2012年にベトナム企業と委託生産契約を結んだが、2年目はロット数の問題で折り合えなかった。
「日本貿易振興機構(ジェトロ)のセミナーに参加し、ミャンマーの話を聞いた。ここだと思った」と鈴木会長は振り返る。早速、ジェトロの中小企業海外展開支援事業に応募。現地企業と組んで縫製事業を始めた。だが技術レベルが追いつかず、日本向けの事業は中断状態に。それでも糸を紡いでいくのが鈴木会長。ミャンマーのティラワ経済特別区近郊に工場を取得したこともあり、特区内の企業から「食堂をやってくれないか、衛生関係の面倒を見てくれないか、庭の水やりをしてくれないかなどといった相談が寄せられた」という。こうしたニーズに対応すべく、当面の事業の方向性を転換することにした。
自社単独で208平方メートルの建屋敷地にキッチン、ミーティングルーム、宿舎を建設した。人員6人で1日当たり700―900食を特区内の日系企業に配送している。今年中には第2のキッチンが完成する予定。従業員教育も開始し、総従業員は40人、資本金も20万ドルとなった。
鈴木会長は「期間損益は今期から黒字になる。5年後からは資金の回収ができる見通しだ」と力強い。ただ「ミャンマーでは契約書などもなく、すべて口約束。時給の観念がなく、半日働いても1日分を要求する人もいるが、ミャンマー人の考え方も分かってあげないと」と強調。「夜学でミャンマー語を習っている」という。「進出するなら状況は変わりやすいので資金の備えは十分した方がいい」と忠告する。
フィーサ 管理と任せるバランス大切
失敗しながらも不撓不屈(ふとうふくつ)、海外進出にチャレンジし、成功への道を切り開きつつあるのが、フィーサ(東京都大田区)だ。斎藤進社長の代だけでも中国事業に3度失敗。斎藤社長は「負けられない」とタイへ進出した。そこで成功のヒントをつかみ、中国に5度目の進出にチャレンジ中。現在では「利益の出る会社になりつつある」という。
フィーサは資本金4000万円、従業員70人。主に静電気除去器、ホットランナ成形装置、液状シリコンゴム成形装置などの製造・販売を行っている。社長は3代目で、ビジネススクールを出て、イノベーションの研究が趣味だ。
海外展開は先代の時代から開始。まず、「市場があるからとの理由だけで米国に進出したが、経営方針がなく失敗状態。いまだ成長が見られない」という。続いて中国。合計4回挑戦したが、いずれも失敗した。失敗の原因には「日本からの輸入では高価格になるから現地生産したいといった現地の要望に素直に応じてしまった」ことや、「ターゲットを絞らず売れそうな顧客すべてに対応していた」ことなどが挙げられる。
こうしたなか、東南アジア諸国連合(ASEAN)のビジネスの中心となっているタイに進出、成功のヒントをつかんだ。当初は手探り状態だった。日本人の総務責任者が現地スタッフに対して一方的に指示を出していたため、スムーズな運営ができなかった。
そこで考え方を大きく転換。従業員もステークホルダーも含めて「タイ流のやり方で、タイ人にもうけてもらう会社にする」ことにして、タイ人のスタッフを総務責任者にした。時間管理はタイ人のリーダーに任せ、休憩時間も自分たちで決めさせた。
タイ人はチームで組むと頑張る気質がある。現場からの提案も上がってくるようになった。ただ、斎藤社長は「しっかり見ておかないと外注キックバックやサボりが起きる。労務を管理するより社員の仕事を見ることに重点を置く必要がある」とも語る。「きちんと管理するのと任せるのとのバランスが大切だ」という。
タイ事業は3年目で償却前の純利益が黒字に、5年目で償却後の純利益が黒字となった。現在、10年目は人員も30人規模に拡大、営業利益率が20%を超えるようになった。「(タイの会社は)日本本社を凌駕(りょうが)するアジアのヘッドクオーター(本社)にしていきたい」と抱負を語る。08年からは中国・蘇州で現地事業に再チャレンジ。利益の出る会社にしつつある。これも「タイ工場が成長したからできる戦略だ」と力強く語った。
海外でチャレンジ まず人材確保・現地ニーズ分析
「ヒラケ セカイ2」を見ると、東南アジアの展示会に行ったら堂々とコピー商品が売られ、文句を言ったら大歓迎されてしまった事例や、法律で認められていても行政措置で認められない事例など数多くの事例が登場する。
だが、こうした海外展開に伴う数多くの障壁にたたずんでいてはチャンスはつかめない。少子化社会の進展で国内事業は困難を増す。まずは海外事業を推進できる人材を確保・育成、自社の力と現地のニーズを分析、現地パートナー探しを始めることなどが必要だ。